京都の名所・寺社ガイド
京都の寺・神社・名所・博物館・窯元を、歴史と由来、意外と知られていない見どころ、拝観時間・料金・行き方とともに。96か所。
寺(40)
清水寺東山・祇園・清水五条駅清水の舞台よりも先に、この寺には一本の滝があった。778年、僧の賢心が音羽山で見つけた清泉が寺の名の由来となり、坂上田村麻呂の協力によって観
鹿苑寺(金閣寺)洛北・北野白梅町駅金閣寺は、もともと将軍の別荘であり、政治と外交の舞台でもあった。足利義満は1397年に北山殿の造営を始め、明の使者や天皇を迎えた。池に映る金
慈照寺(銀閣寺)岡崎・左京・出町柳駅銀閣は銀色に輝いていない。それでもこの寺が美の歴史で重要なのは、足利義政が東山の山荘で育てた簡素な美意識が、建物と庭園に残るからである。国宝
龍安寺洛北・龍安寺駅白砂に置かれた15個の石。その配置が何を意味するのか、確かな答えは残されていない。龍安寺の石庭は作者も制作年代も明確ではなく、だからこそ世界
天龍寺嵐山・嵯峨野・嵐山駅天龍寺は、かつて敵対した後醍醐天皇の菩提を弔うため、足利尊氏が1339年に創建した禅寺である。寺が建つ前、この一帯には嵯峨天皇の皇后ゆかりの
東寺(教王護国寺)京都駅・東寺・東寺駅京都駅の近くにそびえる五重塔は、高さ約55メートル、日本で最も高い木造五重塔である。だが東寺の本当の中心は、弘法大師空海が仏像を立体的な曼荼- 醍醐寺伏見・宇治・醍醐駅豊臣秀吉が1598年に壮大な花見を開いた寺として知られるが、その歴史は874年、僧・聖宝が山中で観音を祀ったことに始まる。951年に完成した
平等院伏見・宇治・宇治駅鳳凰堂は、1053年に建てられた阿弥陀堂がほぼ千年の時を経て残る、平安王朝文化の貴重な建築である。池の向こうに建つ姿は、極楽浄土の宮殿を地上
蓮華王院(三十三間堂)東山・祇園・七条駅長さ約120メートルの本堂に、1,001体の千手観音像が並ぶ。正式名称は蓮華王院で、鎌倉時代に再建された国宝の本堂が今も残る。後白河上皇の離
南禅寺岡崎・左京・蹴上駅亀山法皇が自らの離宮を寺院に改めたことから始まる禅寺である。山門と方丈庭園に加え、境内を横切る赤れんがの水路閣が独特の景観をつくる。中世の禅
本願寺(西本願寺)京都駅・東寺・京都駅西本願寺は、一つの場所に建ち続けた寺ではない。親鸞の墓所を出発点として、京都東山、山科、大坂などを転々とし、1591年に豊臣秀吉の都市計画に
仁和寺洛北・御室仁和寺駅仁和寺は、天皇が発願し、別の天皇が完成させた寺である。886年に光孝天皇が着工を命じ、888年に宇多天皇が完成させた。宇多天皇自身も後に出家- 東福寺東山・祇園・東福寺駅東福寺という名前は、奈良の東大寺と興福寺から一文字ずつ取ったものだ。鎌倉時代に九條道家が京都最大の伽藍を目指して建立し、禅宗の現存最古・最大
知恩院東山・祇園・東山駅知恩院は、法然が念仏の教えを説いた場所に建つ浄土宗の総本山である。徳川秀忠が建立した巨大な三門と、徳川家光によって再建された御影堂が、京都東
建仁寺東山・祇園・祇園四条駅1202年、源頼家の寄進によって栄西が開いた京都最古の禅寺である。俵屋宗達の国宝「風神雷神図屏風」を所蔵し、法堂の天井には小泉淳作による巨大
真宗本廟(東本願寺)京都駅・東寺・京都駅京都駅から歩いて行ける巨大な寺院で、正式名称は真宗本廟である。世界最大級の木造建築である御影堂には927畳もの畳が敷かれ、宗祖・親鸞の御真影
大徳寺洛北・北大路駅千利休が山門の上に自らの木像を置いたことが切腹の一因になったという逸話が残る、茶の湯と深く結びついた禅寺である。1315年に宗峰妙超が開き、
三千院洛北・国際会館駅苔の庭に小さな地蔵が顔を出す三千院は、もともと大原に建てられた寺ではない。最澄が比叡山に結んだ草庵を起源とし、皇族が住職を務める門跡寺院とし
寂光院洛北・国際会館駅壇ノ浦で平家が滅亡した後、平清盛の娘・建礼門院徳子が余生を送り、一門の菩提を弔った尼寺である。『平家物語』の最終章「灌頂巻」の舞台として知ら
鞍馬寺洛北・鞍馬駅牛若丸が天狗に武芸を学んだという伝説で知られる鞍馬山には、奈良時代から続く信仰がある。770年、鑑真の高弟・鑑禎が毘沙門天を祀ったのが始まり
旧嵯峨御所 大本山 大覚寺嵐山・嵯峨野・嵯峨嵐山駅大覚寺は嵯峨天皇が造った離宮を寺に改めた門跡寺院であり、旧嵯峨御所と呼ばれる。日本最古の人工の庭池とされる大沢池が残り、嵯峨天皇の舟遊びや観
常寂光寺嵐山・嵯峨野・嵯峨嵐山駅京都屈指の紅葉の名所として知られる常寂光寺は、日蓮宗の僧・日禛が小倉山に開いた寺である。桃山城の客殿を移した本堂や、1620年に完成した多宝- 妙心寺西陣・北野・花園駅妙心寺は、花園法皇の離宮を禅寺に改めた臨済宗妙心寺派の大本山である。境内には46の塔頭寺院が並び、一つの町のような広がりを持つ。法堂の天井に
永観堂(禅林寺)岡崎・左京・蹴上駅紅葉の名所として知られる永観堂は、正面を向かず左後ろを振り返る『みかえり阿弥陀』を本尊とする寺である。正式名称は聖衆来迎山無量寿院禅林寺。平
高台寺東山・祇園・祇園四条駅高台寺は、豊臣秀吉の正室・北政所ねねが、亡き夫を弔うために開いた寺である。境内の霊屋には秀吉とねねの木像が安置され、ねね自身もその床下に眠っ
泉涌寺東山・祇園・東福寺駅泉涌寺は、歴代天皇や皇后の菩提所として『御寺(みてら)』と呼ばれてきた寺である。鎌倉時代、宋から帰国した俊芿が大伽藍を建てた際に清水が湧き出
六波羅蜜寺東山・祇園・清水五条駅六波羅蜜寺は、口から六体の阿弥陀仏が現れる空也上人像で知られる寺である。空也は平安時代に町の人々の中へ入って念仏を広め、疫病に苦しむ人々へ茶
祇王寺嵐山・嵯峨野・嵯峨嵐山駅苔と青もみじに包まれた小さな草庵には、『平家物語』に登場する白拍子・祇王の悲恋が伝わる。平清盛の寵愛を失った祇王が、妹と母、さらに恋敵だった- 華西山東漸院念仏寺(あだし野念仏寺)嵐山・嵯峨野・嵯峨嵐山駅境内の西院の河原には、名前も残らない人々を弔う石仏と石塔が集められている。ここ化野は平安時代から京都の葬送地であり、かつて亡骸が風葬された場
六六山詩仙堂丈山寺岡崎・左京・一乗寺駅詩仙堂は、徳川家康に仕えた武士から漢詩人へ転じた石川丈山が、1641年に建てた隠居の山荘である。中国の詩人36人の肖像を掲げる「詩仙の間」と
曼殊院門跡岡崎・左京・修学院駅曼殊院は、桂離宮を造った八条宮智仁親王の息子・良尚法親王が1656年に現在地へ移した門跡寺院である。大書院と小書院には桂離宮と共通する意匠が
瑞巌山圓光寺岡崎・左京・一乗寺駅圓光寺は、徳川家康が1601年に学問を広めるために伏見で開いた学校を起源とする禅寺である。僧侶だけでなく一般の人も学べる学校として始まり、日
壬生寺四条・壬生・大宮駅壬生寺は、声を出さず身振りで仏の教えを伝える「壬生狂言」が700年以上続く寺である。幕末には新選組が境内で大砲や剣術の訓練を行い、今も隊士の
相国寺京都御所・今出川・今出川駅相国寺は、金閣寺と銀閣寺を山外塔頭として擁する臨済宗相国寺派の大本山である。足利義満が創建した室町幕府ゆかりの寺で、現存する日本最古の法堂に
法然院岡崎・左京・蹴上駅法然院は、茅葺きの山門と、その先に置かれた二つの白砂壇が印象的な東山の寺である。鎌倉時代、法然が弟子たちと念仏を唱えた草庵の跡と伝えられ、江
黄檗山萬福寺伏見・宇治・黄檗駅萬福寺は、江戸時代に中国から来日した隠元隆琦が開いた黄檗宗の大本山である。中国明代の様式を残す伽藍は日本の一般的な禅寺とは趣が異なり、布袋像
善峯寺洛西・大原野・向日町駅善峯寺は、京都西山の山腹に広がる西国三十三所観音霊場の第二十番札所である。境内には横へ長く枝を伸ばした国の天然記念物『遊龍の松』があり、京都
西芳寺(苔寺)嵐山・嵯峨野・松尾大社駅約120種類の苔が境内を覆う西芳寺は、苔寺の名で世界に知られる禅寺である。しかし、夢窓疎石が1339年に再興した当時の庭は、現在のような苔の
法観寺(八坂の塔)東山・祇園・祇園四条駅京都・東山の坂道の向こうに立つ五重塔は、法観寺という寺の中心建築である。現在の塔は1440年、室町幕府六代将軍・足利義教によって再建された。
等持院西陣・北野・等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅等持院は室町幕府を開いた足利尊氏の墓所がある、足利将軍家の菩提寺である。1341年に尊氏が夢窓疎石を開山として創建し、霊光殿には歴代足利将軍
神社(22)
伏見稲荷大社伏見・宇治・稲荷駅千本鳥居で知られる伏見稲荷大社は、全国に約3万社あるとされる稲荷神社の総本宮である。信仰の中心は社殿だけではなく、背後に広がる稲荷山そのもの
八坂神社東山・祇園・祇園四条駅祇園の四条通の突き当たりにある八坂神社は、京都の夏を代表する祇園祭の舞台である。祭りの原点は疫病を鎮めたいという平安時代の祈りにあり、江戸時
平安神宮岡崎・左京・東山駅平安神宮は、平安時代に造られた神社ではない。明治28年(1895)、京都の復興と平安遷都1100年を記念して創建された神社である。朱色の大極
北野天満宮西陣・北野・北野白梅町駅北野天満宮は、学問の神様として知られる菅原道真を祀る、全国の天満宮・天神社の総本社である。創建は天暦元年(947)。梅の名所として知られる一
貴船神社洛北・貴船口駅貴船神社は、京都の水を守る神を祀る古社である。山の水源を求めて船を進めた女神の伝説が残り、現在も本宮・結社・奥宮の三社を巡る参拝が受け継がれ
賀茂御祖神社(下鴨神社)岡崎・左京・出町柳駅京都の町ができる前から、この場所には神を祀る人々がいた。賀茂川と高野川の合流点近くに広がる糺の森には、平安遷都以前の植生が残る。下鴨神社は、
賀茂別雷神社(上賀茂神社)洛北・北山駅上賀茂神社の神は、社殿の中ではなく山に降り立ったと伝わる。御祭神の賀茂別雷大神が降臨した神山を、細殿の前にある二つの立砂が象徴している。67
石清水八幡宮八幡・男山・石清水八幡宮駅男山の山頂に鎮座する石清水八幡宮は、平安京の南西を守る国家鎮護の神社として朝廷の信仰を集めた。現在の国宝社殿は徳川家光が1634年に造営した
松尾大社嵐山・嵯峨野・松尾大社駅松尾大社は、酒造りの神として全国の酒蔵から信仰を集める古社である。その始まりは社殿より古く、松尾山の岩を神の宿る場所として祀った信仰にさかの
晴明神社西陣・北野・今出川駅平安時代の陰陽師・安倍晴明を祀る神社で、晴明の屋敷跡と伝わる堀川一条の地に建つ。五芒星を掲げた鳥居や、恵方を向く晴明井など、陰陽道にまつわる
宇治上神社伏見・宇治・宇治駅宇治上神社は、日本に現存する最古の神社本殿を持つ世界文化遺産である。平安時代後期の本殿と鎌倉時代前期の拝殿が国宝に指定され、宇治の古い宗教建
安井金比羅宮東山・祇園・祇園四条駅悪縁を切り、良縁を結ぶ神社として知られる安井金比羅宮。その中心には崇徳天皇を祀る信仰があり、境内にある穴の開いた『縁切り縁結び碑』は願いを書
吉田神社岡崎・左京・出町柳駅京都の神社の中でも、吉田神社は日本の神道の歴史そのものを変えた場所である。859年に平安京の守護神として創建され、室町時代には吉田兼倶が独自
今宮神社西陣・北野・北大路駅今宮神社は、都に広がる疫病を鎮めるために生まれた神社である。994年に船岡山で行われた御霊会を起源とし、1001年に現在地へ新しい神殿が造ら
城南宮伏見・宇治・竹田駅城南宮は、平安京の南を守るために創建されたと伝わる神社である。白河上皇や鳥羽上皇が造営した鳥羽離宮の鎮守となり、院政の政治と文化を見守った。
御香宮神社伏見・宇治・桃山御陵前駅御香宮神社は、水の香りが名前の由来になった神社である。862年に境内から香りのよい水が湧き出し、清和天皇から御香宮の名を賜ったと伝わる。伏見
梨木神社京都御所・二条城・神宮丸太町駅梨木神社は、平安時代の水と明治維新の歴史が重なる神社である。1885年に三條実萬を祀るため創建され、後に息子の三條実美も祀られた。境内には京
野宮神社嵐山・嵯峨野・嵐山駅嵯峨野の竹林の入口に建つ野宮神社は、かつて伊勢神宮に仕える斎王が出発前に身を清めた場所である。樹皮を残した黒木鳥居と小柴垣が古代の祭祀の姿を
地主神社東山・清水・清水五条駅清水寺の本堂の近くにある地主神社は、大国主命を祀る縁結びの神社である。本殿前には、目を閉じて石から石へ歩くことで恋の行方を占う『恋占いの石』
車折神社嵐山・嵯峨野・車折神社駅車折神社は、平安時代後期の儒学者・清原頼業を祀る神社である。境内の芸能神社には俳優や歌手などが奉納した朱色の玉垣が並ぶが、本来の祭神は学問と- 護王神社京都御所・今出川・丸太町駅京都御所の西側に建つ護王神社は、狛犬の代わりにイノシシが置かれた『いのしし神社』である。祭神は平安京の建設に関わった和気清麻呂と、その姉の和
白峯神宮京都御所・今出川・今出川駅白峯神宮は、明治天皇が崇徳天皇の御霊を京都へ迎えるために創建した神社である。境内はかつて和歌と蹴鞠の名家・飛鳥井家の邸宅があった場所で、今も
名所(10)
元離宮二条城二条城・御所・二条城前駅徳川幕府の始まりと終わりを、一つの城で見ることができる。1603年に徳川家康が築いた二条城では、1867年、十五代将軍徳川慶喜が大政奉還の意
嵐山の竹林の小径と渡月橋嵐山・嵯峨野・嵐山駅嵐山の二つの名所は、平安時代の貴族文化でつながっている。渡月橋の名は亀山上皇が橋の上を渡る月を眺めた言葉に由来し、竹林の小径が通る嵯峨野一帯
祇園・花見小路東山・祇園・祇園四条駅祇園の花見小路は、最初から芸妓の町だったわけではない。八坂神社の門前で生まれた茶屋文化が発展し、明治には建仁寺の寺地を整理して現在の祇園町南
産寧坂・二年坂(二寧坂)東山・祇園・清水五条駅産寧坂と二年坂の石畳は古く見えるが、道沿いの伝統的な町家の多くは江戸時代末期から大正時代にかけてのものだ。清水寺へ向かう参詣の道が、店と住ま
錦市場四条・河原町・烏丸駅錦市場は、なぜ京都の中心部で魚市場として栄えたのか。答えの一つは地下水である。1615年に江戸幕府が公認した魚問屋の市場は、豊かな水を利用し
先斗町四条・河原町・三条駅先斗町という不思議な名前の町は、かつて鴨川の洲だった。1670年の護岸工事によって土地が整えられ、船頭や旅人を相手にする茶屋が集まった。現在
哲学の道岡崎・左京・出町柳駅哲学の道は、最初から散歩のために造られた道ではない。1890年に完成した琵琶湖疏水の分線に沿う管理用の道が、後に哲学者の散策路となった。西田
京都御所と京都御苑京都御所・二条城・今出川駅京都御所は、平安京ができた794年からずっと同じ場所にあったわけではない。現在地はもともと貴族の邸宅を仮の皇居とした里内裏の一つで、1331
円山公園東山・祇園・祇園四条駅京都で最初の都市公園は、もともと寺と神社の土地だった。1886年に開設された円山公園は、明治の廃仏毀釈と近代都市計画によって生まれた。名物の- 伏見の酒蔵の町並み(月桂冠大倉記念館)伏見・宇治・中書島駅伏見の酒蔵が川沿いに並ぶのには理由がある。豊臣秀吉が整えた伏見の水運と、酒造りに適した豊富な地下水が、この土地を酒どころに育てた。1637年
庭園(4)
桂離宮桂・西京・桂駅桂離宮は、八条宮智仁親王と息子の智忠親王が約50年をかけて整えた皇族の別荘である。約6万9千平方メートルの敷地に、池泉回遊式庭園、四つの御茶
修学院離宮岡崎・左京・修学院駅修学院離宮は、後水尾上皇が1655年から造営した、山腹の地形そのものを利用した壮大な山荘である。上離宮、中離宮、下離宮が松並木と田畑を挟んで
渉成園(枳殻邸)京都駅・東寺・京都駅京都駅から徒歩圏内に、広い池と茶室を持つ江戸時代の庭園がある。渉成園は東本願寺の飛地境内で、1641年に徳川家光から寄進された土地に造られた
京都府立植物園洛北・北山駅京都府立植物園は1924年1月1日に開園した、日本最古の公立植物園である。もともと博覧会の開催予定地だった場所が植物園に転換され、戦後には連
博物館(8)
- 河井寬次郎記念館東山・祇園・清水五条駅河井寬次郎記念館は、陶芸家・河井寬次郎が1937年に自ら設計した住居と仕事場を公開する施設である。陶器だけでなく、木彫、家具、書、収集した民
京都伝統産業ミュージアム岡崎・左京・東山駅京都伝統産業ミュージアムは、西陣織や京友禅から京焼・清水焼、京漆器、京扇子まで、京都市の伝統産業74品目を紹介する博物館である。完成した作品
京都国立博物館東山・七条・七条駅京都国立博物館は、明治30年(1897)に開館した、京都の古社寺の文化財を守るために生まれた博物館である。フランス風の赤煉瓦建築・明治古都館
京都市京セラ美術館岡崎・左京・東山駅京都市京セラ美術館は、昭和8年(1933)に開館した日本でも最も歴史の長い公立美術館建築の一つである。和風の屋根と近代的な構造を合わせた帝冠
京都鉄道博物館京都駅・梅小路・梅小路京都西駅京都鉄道博物館は、実物の蒸気機関車や新幹線などを通して日本の鉄道の歴史を体験できる博物館である。国の重要文化財である扇形車庫と転車台を残し、
京都水族館京都駅・梅小路・梅小路京都西駅京都水族館は、海に面していない京都市内で、京都の川から海へ続く水のつながりを紹介する水族館である。2012年に梅小路公園内に開業し、京都の川
京都国際マンガミュージアム烏丸御池・二条城・烏丸御池駅京都国際マンガミュージアムは、明治時代に開校した龍池小学校の校舎を利用したマンガの博物館である。約30万点の資料を所蔵し、約5万冊のマンガを
京都府京都文化博物館烏丸・河原町・烏丸御池駅三条通に立つ赤れんがの洋館は、もともと1906年に完成した日本銀行京都支店である。現在は京都文化博物館の別館となり、かつて銀行の窓口だった空
窯元(4)
- 清水焼の郷会館山科・山科駅清水焼の郷会館がある山科の清水焼団地は、窯元、絵付け師、陶磁器問屋、原材料業者が集まる焼き物の町である。1962年、東山の窯業地から移転して
京都陶磁器会館東山・祇園・清水五条駅京都陶磁器会館は、京焼・清水焼の作家と窯元の作品を一度に見比べられる展示販売施設である。1階では器を手に取り、2階では作家の企画展を鑑賞でき
瑞光窯 京都清水店東山・祇園・祇園四条駅瑞光窯は、1771年に五条坂で始まった清水六兵衛の窯を源流とする京焼・清水焼の窯元である。京都清水店では電動ろくろを使い、自分の手で茶碗やカ
朝日焼 作陶館伏見・宇治・宇治駅朝日焼は宇治川のほとりで約400年続く茶陶の窯元である。茶人・小堀遠州から「朝日」の名を与えられたと伝わり、現在も茶碗や煎茶道具を制作する。
体験(7)
西陣織会館西陣・北野・今出川駅西陣織会館は、京都の高級織物がどのように生まれるかを、職人の実演と自分の手による織り体験で知る施設である。小さな手機で約20センチ×30セン- 手織ミュージアム 織成舘西陣・北野・今出川駅織成舘は、昭和11年(1936)に建てられた西陣の織屋建てを利用した手織りのミュージアムである。観世流片山家の能装束を復原した豪華な織物や、
- 京都絞り工芸館二条城・烏丸御池・二条城前駅京都絞り工芸館は、布を括り、挟み、縫って染め分ける絞り染めに特化した美術館と体験施設である。1940年からこの地で絞り染め作品の制作が行われ
- 京友禅体験工房 丸益西村屋二条城・烏丸御池・二条城前駅丸益西村屋は、明治38年(1905)に始まる京友禅の染色業を受け継ぎ、1993年に体験工房を開いた施設である。大正末期から昭和初期の京町家を
嵯峨野トロッコ列車嵐山・嵯峨野・嵯峨嵐山駅嵯峨野トロッコ列車は、JR山陰本線の旧線を利用して保津峡を走る観光鉄道である。嵯峨から亀岡までの7.3kmを約25分かけて走り、列車の窓から
保津川下り亀岡・保津峡・亀岡駅保津川下りは亀岡から嵐山まで、約16kmの峡谷を約2時間かけて下る舟の旅である。1606年、角倉了以が丹波地方の木材や米を京都へ運ぶために川
太秦映画村太秦・花園・太秦広隆寺駅1975年に日本初の時代劇撮影見学テーマパークとして誕生した東映太秦映画村は、2026年3月28日に第1期リニューアルを迎え、『太秦映画村』
ニデック京都タワー京都駅・東寺・京都駅